トクピジンを話してみよう①

世界で最も言語の多い国

パプアニューギニアには840もの言語が存在します。人口1千万人ほどですので話者数平均で12000人。

二位のインドネシアは709言語ですが、人口がおよそ2.9億人ですから話者数平均は40万人以上、三位のナイジェリアも532言語ですがやはり話者数平均は40万人以上。パプアニューギニアの言語がいかに細かく分かれているかを示していると言えるでしょう。

実際のところは、地域や州によって大きく差があり、エンガ州には一つしか言語が無いのに、マダン州には173もの言語が存在します。話者の数で言いますと、エンガ州は50万以上の話者がいるのに対し、35パーセント以上の言語は話者が500人以下と言われています。

以下は世界で言語数が多い国のリストです。英語しか話さないイメージのアメリカ合衆国に335もの言語あるのには驚きましたが、よく考えてみれば先住民の言語がたくさんあり、近年になって合併した地域も多いので、多いのもうなずけますね。

パプアニューギニアの言語の多様性は全く異なる理由からです。

例えるなら、東京に住み着いた人たちと、埼玉に移入してきたグループ、神奈川に漂流してきた地域集団が、間に流れる川や険しい山岳地帯にさえぎられて交流のないまま何千年もの間、独自の文化を形成した、という感じでしょうか。

つまり、急峻や氾濫原、沼沢地などの地形が大きく影響してきた、と言えるでしょう。

それが近年になって道路が繋がり、様相は一変してきました。これまで意思疎通のできなかった隣村の集団と会話をする必要が出てきたのです。

パプアニューギニアの言語マップ

クイーンズランドで生まれた共通語「ピジンイングリッシュ」

19世紀の後半、ヨーロッパ各国が太平洋諸国を植民地化します。パプア(ニューギニア島南部)、ソロモン、バヌアツ(ニューヘブリデス)などのメラネシア地域を支配した大英帝国は、1860年代から1900年代の初頭にかけ、6万人以上のメラネシア人を、オーストラリアのクイーンズランドの砂糖プランテーションで働かすために持ち込みます。ここで、異なる言語を持った労働者たちとコミュニケーションを取るために「共通語」が生まれます。主に英語の単語と、メラネシア地域の文法が混ざったもので、「ピジン英語」と呼ばれました。

その後、各国に帰った労働者たちはプランテーションで発達したピジン英語を地元に持ち帰り、パプアニューギニアではトクピジン(ニューギニアピジン)、ソロモンではピジン(ソロモンピジン)、そしてバヌアツではビスラマ(バヌアツピジン)という、独自の言語を形成していきます。

ラバウルで「トクピジン」として発展する

その当時、ドイツ領ニューギニアの首都だったのはラバウル。トーライ族の本拠地です。

ここに持ち帰られたピジン語は、トーライの言語であるクアヌア語、ドイツ語、その他フランス語やオランダ語なども取り入れながら独自の言語として発展していきます。トーライは国内では高等な教育を受け、先進的な民族だったこともあり、各地に警察、宣教師や学校の教師などの形で派遣されますが、その派遣先でピジン語を広めてゆき、トクピジンはラバウルからニューアイルランド、ブーゲンビル、マヌスなどビスマーク諸島全般に広まっていきます。

ちなみに1975年にパプアニューギニアとして独立するまで、全国的な人の行き来は限定的で、地域的なリンガフランカ(共通の母語を持たない集団内において意思疎通に使われている言語)がいくつかありました。

その一つが英国領だったパプア地域(ニューギニア島南部)を中心に広まったポリスモツであり、ルーテル教会の本拠地であったモロべ州のフィンシュハーフェンからモロべ州に広まったコテ、同じく布教の過程でモロべ州を超えてハイランド各地に広まったヤビムというフィンシュハーフェンの言語で、トクピジンも当初は地域限定のリンガフランカの域を越えなかったようです。

全国的なリンガフランカとなる

1975年の独立後、地域間の交流や人の行き来が活発になるにつれ、トクピジンはビスマーク諸島から徐々に全国展開を始めます。

当初はポリスモツの本拠地であったポートモレスビーでも、他の州からの移住者が増えるとともにトクピジンが広まり、現在ではトクピジンが主流となっています。

なお、全国、と書きましたが、正確にはトクピジンが普及しなかった地域もあり(西部州、ミルンベイ州など)、それらの地域では伝統的な集団の言語と英語、が話されてきました。しかしながら、これらの地域でも若い人を中心にトクピジンが広まっており、現在は「独り勝ち」の模様です。トクピジンはそれだけ共通語としての簡易さ、普及しやすさを備えていたのでしょう。

なお、パプアニューギニアの公用語は英語ですが、英語、トクピジン、ポリスモツが共通語と認められ、国会でも同時通訳が行われています。まるで国際会議のようですね~~

ピジン語の辞書や教科書

英語ではオックスフォード出版からトクピジン=英語辞書など、様々な出版物があります。

日本では岡村徹先生の「はじめてのピジン語」、そうして1990年出版とかなり古いですが唯一の辞書として「ピジン語小辞典」があります。

このシリーズでは、そんなトクピジンを紹介していこうと思います。

皆さんもこの機会にトクピジンをマスターして、パプアニューギニア旅行をより実りの多い、楽しいものにしてみてはいかがでしょうか?

トクピジン語による喫煙禁止の看板

(担当:上岡)

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