(この記事は2025年3月に更新されました)
国技はラグビーリーグ
パプアニューギニアは世界で唯一、ラグビーリーグを国技と公称する国である。
ラグビーといっても2019年に日本でワールドカップが行われたラグビーとはルールを異にする。
ソフトボールと野球の違いくらいか? 少なくともバレーボールとバスケットボールほどの違いはない。
日本で広く普及しているラグビー(ユニオン)が15人制なのに対し、リーグは13人制。モール・ラックという密集のボール争奪戦がだいご味の前者と、アメリカンフットボールのような攻撃5回制でスピーディーな展開を得意とする後者、と違いはあるものの、まあ同じボールをを使って、タックルをし、トライを取るスポーツという意味では従妹のようなもの。
そのラグビーリーグで、パプアニューギニアはけっこう強い。
オーストラリア、ニュージーランドなど世界トップの国にはかなわないものの、ワールドカップではベスト8の常連。
代表が強いと国民が盛り上がるのはどこの国も同じ。
特に後進国だ、未開の国だ、と言われるパプアニューギニアの代表「クムルズ」が、アメリカを破り、フランスやウエールズやアイルランドなどを撃破する姿に愛国心が搔き立てられる。
NRLを彩どったスーパースターたち
そのラグビーリーグの世界最高峰のリーグ戦が行われているのがオーストラリアのNational Rugby Leage、通称NRLだ。
かつて、このリーグを沸かせたパプアニューギニア選手が多くいた。
西ニューブリテン出身のマーカス・バイは162試合で75トライを奪う快速トライゲッターとして、1990年代から2000年代にかけてメルボルン・ストームを中心に大活躍し、新設クラブであったストームの優勝に貢献。
ラバウル出身のエイドリアン・ラムはシドニー・ルースターズを中心として活躍。オーストラリアのオールスター戦であるステートオブオリジンにも常連で、オーストラリアを代表するハーフバックだった。
ゴロカ出身のスタンレー・ゲネは、主に英国のプロリーグで活躍。
英国ではその魔法のようなプレーと名前(GENE)をもじり、アラジンに登場するランプの魔法使い「ジーニー」と呼ばれた。
そして、活躍していたのは過去だけではない。現在も、ラビトースのトライゲッターであるアレックス・ジョンストン、「空飛ぶウイング」ゼイビアー・コーツを始めとしたパプアニューギニア人のタレントが世界最高峰のリーグでしのぎを削っている。
ヒーロー中のヒーロー
そんな中で、ここ数年間、パプアニューギニア中を熱狂させたヒーロー中のヒーローがJO ことジャスティン・オラムだ。
お父さんがラグビー選手であったわけでもなく、海外でスポーツの英才教育を受けるような恵まれた環境にもなかった。ほぼ自給自足のチンブー州の山奥の小さな村出身。しかも本格的にラグビーをやりたいという息子に対し、両親は、まずは学校に行きなさい、と教育をすすめる。彼は両親の勧めに従って国立工科大学に進み、応用化学の学位を手にする。ちなみに、パプアニューギニアで高等教育進学率は約1%。国立工科大学に進学できるのはほんの一握りの超エリート層になる。
そんな選手があっという間にパプアニューギニアを代表する選手となり、世界最高峰のリーグで活躍してメルボルン・ストームのNRL優勝に貢献する。サクセスストーリーに自分を重ね合わせた国民が熱狂するのも分かる。
ハンドオフで前進するJO
トライを取ってどや顔のJO
オーストラリア先住民でスーパースターのジョッシュ・アドカーとはまるで兄弟のよう。
「人間レンガ塀」
数々の印象に残るプレーの中でも、世界を震撼させたのは、「人間レンガ塀」とも呼ばれたガチンコの体当たり。
アタックでもディフェンスでも、前に人がいようがいまいが、全速力でぶつかっていく。
決して恵まれた体格ではないのに、オーストラリアの巨漢を次から次へとなぎ倒してゆく。
脳震盪でやられた相手、数知れず。
突然の引退に衝撃が走る
そんな国民的スーパースターが、先日、膝のけがを理由に突如引退を表明した。
日本の歴史でいうなら長嶋茂雄の引退級だろう。あるいは横綱千代の富士の引退か。
「ジャスティン・オラムは本日限りでブーツを脱ぎますが、わがクムルズは、永遠に不滅です!」
ファンを熱狂させ、対戦相手を震わせた「レンガ塀」の当たりは彼の選手寿命を短くしたのかもしれない。
それでも、と僕は思う。
JOが自分の体のことを考えて中途半端なプレーをするような選手だったら、あれほど人々が熱狂しただろうか。
妥協のないプレーはシンプルに心を震わせた。ストームの試合がテレビで中継される日は、何をさしおいてもチャンネルを合わせた。
理屈抜きでわくわくさせる選手。トライなど取らなくても、一本のタックルで金をとれる、プロ中のプロだった。
遺産は受け継がれる
JOよ永遠なれ。
君のおかげで、何人の不良少年が救われたことだろう。どれだけの病人が勇気を得たことだろう。何万人の人々を笑顔にしたことだろう。短かった現役期間。それでも、君の遺産は必ず、次の世代に受け継がれる。寂しいけれど、次の「人間レンガ塀」が出現するのをまとう。ありがとう、そしてお疲れ様。
もう一度言おう、何度でも言おう、JOよ、永遠なれ
(担当:上岡秀雄)